T.T.の読書日記

小説,エッセイ,ノンフィクションなどの感想を書きます。

「成しとげる力」永守重信

日本電産の創業者である永守重信氏が書いた,自伝に近いビジネス本である。

28歳で従業員4名から始まった日本電産を今や世界に300社を超えるグループ企業を擁し,従業員11万人を超える「世界一の総合モーターメーカー」にまで成長させた成功談が述べられている。

本書を読むと永守氏の負けず嫌いさと,満ち溢れる自信に圧倒される。あくまで永守氏の主観で書かれており,やや時代錯誤と思われる考え方も含まれているが,本書からはそのすべてを正しいと思わせるような圧倒的な自信が感じられた。これほどまでのパワーを感じさせる永守氏であるからこそ,日本電産をここまでの規模の企業に成長させることができたのだろうと感じた。

本書に「人生は運が七割,努力が三割」という言葉が出てくる。また,「百挑戦したら,成功するのは一つか二つにすぎない,残りの九十八か九十九は失敗しているのだ。まして,会社の運命を変えるような大成功は,千のトライで三つほどしかない。」とも言っている。なるほど,その通りだと思った。私を含め,多くの人間は成功している人間に対して,自分とは住む世界の異なる人間だ,運がよかったのだ,などと考えがちだが,成功ばかりが目に付く彼らもその数十倍,数百倍の失敗を繰り返し,成功を掴んでいるのだ。失敗を恐れ,何も始めなければ得られるはずのものも得られない。

「すぐやる,必ずやる,できるまでやる」

これは日本電産の三大精神のうちの一つである。夜2時間遅く仕事をする人より朝30分早く来る人を信用する。なるほどと思った。何事においてもスピード感が大事である。朝30分早く来ていれば取れた契約をこの30分間によって逃してしまうかもしれない。また,意識的な面への影響も大きいだろう。30分早く来て仕事を始めるような積極性を持った人間は,おそらくどんな業務でも積極性をもってスピード感のある仕事をすることができるだろう。

印象的なワードをいくつか書いたが,実際に見習いたいことはまだまだある。

すべてを見習うべきだとは思わないが,実際に成功を収めた人間の体験談であり,読んで損のない1冊であった。

「幸福な食卓」瀬尾まいこ

中学時代に課題図書として配られ,初めて読んだ作品。

自分では決して手に取ることのないタイプの小説だったのだが,想像以上に面白く,何度も読み返しているお気に入りの作品である。

物語は,主人公,中原佐和子の父親が「父親をやめる」というところから始まる。佐和子の家庭は一般的な家庭と比べると,少し変わっている。父は一度自殺未遂をしている。母は家を出て別に生活しているが,生き生きと生活している。兄は元天才児であるが,大学を中退し,農業をして生活している。一見すると崩壊しているようにも見える家庭環境であるが,それぞれが幸せに暮らしている。

物語の中で,佐和子が母親に「うちの家庭って崩壊してるのかな?」と尋ねるシーンがある。「父さんが父さんをやめて,母さんは家を出て別に生活している。」と。

これに対して母親は「でも,みんなで朝ご飯を食べ,父さんは父さんという立場にこだわらず子供たちを見守り,母さんは離れていても子供たちを愛している。完璧。」と返すのである。このような世界観がこの小説の魅力である。

中原家を含め,この小説の登場人物は皆,魅力的である。

「家族を作るのは大変だけど、その分めったになくならないからさ。あんたが努力しなくたって、そう簡単に切れたりしないじゃん。だから安心して甘えたらいいと思う。だけど大事だってことは知っておかないとやばいって思う。」

これは物語の中で兄の直が言ったセリフである。幸せなことも,悲しいことも永遠には続かない。しかし,家族という存在は形を変えてもずっと近くにある。そのようなことを気づかせてくれる作品であった。

「塩狩峠」三浦綾子

中学の時に初めて読み,感銘を受けた作品。

当時は信夫の境遇を哀れむとともに,その正義感に感心するにとどまっていたが,いろいろと社会背景が理解できるようになった今になって読むと,一つ一つの事柄の裏事情が読めるようになり,より一層物語の世界に没入することができた。

自分としては,キリスト教徒になったのちの逡巡のない信夫よりも,キリスト教徒になる前の思い悩む信夫の方が人間味があり,引き込まれる感じがした。キリスト教への信仰心とともに,心も成長していく信夫を見ていると,人は初めから聖人なのではなく,生まれながらにして背負っている自らの罪を自覚し,自問自答することによって変わっていくとするキリスト教の「原罪」という考え方を自ら体現しているような感じがした。

信夫は彼らしい最期を迎えるのだが,残された婚約者であるふじ子をおもうといたたまれない気持ちになった。また,この小説が長野政雄さんという実在する人物をモデルに書かれていることを知ると,さらに胸を打たれる心地がした。

三浦綾子さんといえば「氷点」が傑作として知られているが,この「塩狩峠」も宗教色の強すぎないキリスト教小説としておすすめの一冊である。

「思考の整理学」外山滋比古

非常に面白い作品であった。35年以上も前に執筆された作品であるとは思えないくらい文章が洗練されており,これまで言葉にできなかった思考の形をうまく言語化してくれたような思いがした。

本書は「グライダー人間になるな,飛行機人間になれ」といったような内容から始まる。グライダーは何か外力によって高いところに押し上げてもらえばきれいに飛ぶことができるが,自分から空に飛び立つことはできない。今の学校教育では,あらかじめ問題を提供するため,これを解くための力は養成されるが,自分から問題を発見し,それを解決するための力は養われない。これがいわゆるグライダー人間である。試験を重要視する今の学校教育では,問題を解く力は有しているこのような人間が,優秀であると評価される。しかし,グライダー人間は自分から問題を見つける力がないため,無から有を生むことはできない。世の中は,問題を発見し,これを解決したいという知的欲求とともに発展してきた。しかし,グライダー人間ばかりでは一向に問題を発見することができず,せっかく身に着けた知識も無駄になり,発展をもたらすことはできない。

これを防ぐため,外山は「飛行機人間になれ」と説いている。ここまでの文脈からもわかるように,飛行機人間とは自分から問題を提起し,これを解決できる力を有する人間である。本書にはこのような飛行機人間になるための思考の整理法について,筆者の考えが書き連ねられている。

いくつかのキーワードをもとに本書の内容を振り返ろうと思う。

一つ目は「朝の頭は効率がいい」ということである。

学生時代,自分は定期試験の前日は,いくら勉強が残っていてもできるだけ早く寝ることを心がけていた。翌朝早起きして残りの勉強に取り掛かると,前日長時間にわたって悩みぬいたことがすらすらと解決し,思考を整理することができた,という経験がある。これがまさに,「朝の頭は効率がいい」ということであろう。頭の中のバグデータのようなものが寝ている間に忘却され,軸となる思考が鮮明になっていたのであろう。

二つ目は「思考を寝かせる」ということである。

外山は本書の中でメモの重要性を説いている。日常の中でふと思い浮かんだ思考をメモに取っておくのである。現時点ではただの思いつきにすぎず,それ以上発展のなかった思考が,時間をおいてみると新たな思考の種となるようなことが多々あるらしい。また,「三上」というキーワードをあげている。これは,面白い発想が「馬上」「枕上」「厠上」で浮かびやすいという言葉である。思考に熱中する場よりも,ふと他のことを考えたときに新たな発想が浮かびやすいのである。

三つ目は「発想のもとは個性である」ということである。

酸素と亜硫酸ガスはそれら単体が共存していても何も起こらない。しかし,ここに白金を入れると化学反応が起きる。しかし,白金自体にはなにも変化は起こらない。外山は,個性とはこの反応における白金のようなものである,としている。一見何の関連性もない酸素と亜硫酸ガスを結びつけることによって新たな反応を生み出す。新たな発想というものは一見何の関連性もないもの同士の方が起きやすく,幅広い分野に目を向けておくことが望ましい。

四つ目は「つんどく法」である。

一般的に積読というと本を積むだけで読むことはない。外山の説く積読は同じような分野についての本をためておき,まとめて読むということを意味する。人間の記憶というものは所詮一瞬で消えてしまう。記憶が消える前に同分野の本をまとめて読むことで異なる本同士の相関関係が見えてくるのである。

五つ目は「いかにうまく忘れるか」である。

最初に述べた通り,忘却というのは決して悪いことばかりではなく,思考の整理には不可欠なことである。人間,自分にとって重要なことはそう簡単に忘れない。そのため,思考が煮詰まったときは,一度その思考から離れ,忘れてみるのである。そうすると本当に大切なことだけが頭に残り,思考を整理することができる。

六つ目は「とにかく書いてみる」である。

これは自分も修論を書いているときに痛感した。思考がまとまっていなくても書き起こすことによって思考がつながることが多々ある。逆に思いがけず思考にかけていた部分を見つけることもあった。

七つ目は「声に出してみること」である。

これも修論を書くうえでとても大切にしていた。頭の中では理解したつもりになっていても,声に出そうとするとうまく説明できず,自分の理解不足を認識することがある。逆に,声に出すことによって自分の思考が整理されていき,考えに納得できることもあった。外山のいう,「声も考えている」のである。夢中になってしゃべっていると,喋りが思考に先行し,思いもかけない言葉が口をつくことがある。意外とこのような言葉に新たな発想が転がっているらしい。

 

ここまで,主なポイントを7つに分けて記録したが,まだ書きたいことは多く,まだまだ読み込む必要のある1冊であると感じた。

「暗いところで待ち合わせ」乙一

視力を失い,一人静かに暮らすミチルの家に殺人犯として追われるアキヒロが忍び込む。目が見えないため,アキヒロの気配には勘付きつつも,その恐怖から知らぬふりを決め込むミチルと,ミチルに勘付かれないよう居間の隅っこでうずくまって暮らすアキヒロの,奇妙な同棲生活が繰り広げられていく。

一見するとホラー小説のように感じられるこの作品は,読み進めていくうちに実は恋愛小説であったのかと気づかされる温かい小説である。

一つ一つの場面がミチル視点とアキヒロ視点で描かれており,それぞれがお互いに対して抱いている感情が詳細に描写されている。

ミステリーの中に二人の孤独な人間の成長や,感情の変遷をうまく織り交ぜて描いた,とても面白い作品であった。

「アルジャーノンに花束を」ダニエル・キイス

日本でも何度もドラマ化されている本作品だが,個人的には活字で読むことを強くお勧めしたい作品である。

物事に対する知見が浅いがゆえにすべてを楽観的にとらえることのできる,術前のチャーリーと,高い知性を身に着けてしまったが故の苦悩に苛まれる,術後の彼の感情が生々しく描かれており,読んでいる自分も苦しくなるような作品であった。

幸せになるために与えられた知性によって,対人関係などで悩みを抱え,幸せから遠ざかっていくチャーリーを見ていると,幸せや知性,教育の意義について深く考えさせられた。

また,後半になり,知性が再び後退していく彼の文章からはどうしようもないさみしさを感じた。今まで身に着けた専門知識だけでなくアリスとのことまで忘れてしまう様子は切なすぎて読んでいるのがつらかった。しかし,天才であったチャーリーよりも知性を失ったチャーリーの方が幸せを感じているのはひどく皮肉のきいた結果である。

何度でも読み返したいと思わされる貴重な1冊であった。

 

「入社1年目の教科書」岩瀬大輔

ライフネット生命の創業者であり,副社長である岩瀬氏が書いた新入社員のバイブルである。転職を繰り返し4社を渡り歩いてきた経験から,効率的に仕事をこなし,周囲からの評価を上げる秘訣がつづられている。

 

全編を通した感想としては,会社で活躍するための教科書というよりは,立派な社会人になるための教科書という感じがした。要するに,入社1年目は仕事で結果を出すというよりは,社会人としての常識を身に着けろということなのであろう。

 

本書の中には,新入社員が守るべき原則が多数記されているが,岩瀬氏は特に3つの原則を強調している。

 

1. 頼まれたことは必ずやりきる。

2. 50点で構わないから早く出せ。

3. つまらない仕事はない。

 

納得の3原則である。

大学の研究における心構えと似ているように感じた。3つに共通することは積極性であろう。何事においても,やる気を前面に出して積極的にアピールできる人間が評価されていくのである。

周りから野心のなさをたびたび指摘される私にとっては耳の痛い1冊であった。